Day157 偶然か必然か

8/8
Orléans▶dourdan
86km
 

 
【日本縦断の思い出⑭】
下関から人道トンネルをこえ初の海の底を超えての福岡入り。
出た先で観光客の人達にめちゃくちゃ歓迎されました。
門司で有名な焼きカレー。この時食べれなかったのですが、福岡で博多ラーメンを差し置いて食べました。
これは、他では食べられない絶品です!
ぜひ食べに行ってください。
 
注意しないと火傷しますよ笑
ちなみに僕は食べに行った二回中二回火傷しました笑
 
 
 
 
 
 
ビビエンとお別れをしてもう一度サンクロワ大聖堂の写真を撮りに。
 

 
朝の日の向きがいけないなぁ。
うまい感じに撮れなかった…
 
広場で日本人の方に話しかけられた。
 

 
ひろこさん。もう何十年もこちらにお住いなんだとか。
 

 
調べてみるとこのオルレアンの街はイギリス軍に占領されていたのだが、神の声を聞いたジャンヌ・ダルクが17歳の時に行動を起こし、解放した街なんだとか。
 
そんな彼女のおかげで、イギリス軍に占領されていたため正式な儀式が取り行えず王位を継承できていなかったシャルル7世の載冠式を執り行うことが出来た。
 
そんな彼女の進撃は続き、首都パリをも奪還させるまでに至ったが、シャルル七世はあくまで対話での奪還を望んだ。
シャルル七世から十分な兵を送られなかったジャンヌ・ダルクは戦力不足でイギリス軍に捕えられ、火刑となった。
 
その時ジャンヌは19歳だった。
この処刑には書類の改ざんやシャルル七世の見殺しなどの要因があったとされている。
 
※この後フランス軍を先だって率いたリッチモンドがイギリスのヘンリー六世の貧弱な指導力もあり、パリを制圧。そのまま勢いに乗って現在のフランスとなる土地を奪還し、100年戦争を締結させた。
 
 
長々とすみません。
気になったので調べてしまいました。
 
 
とにかく、ジャンヌ・ダルクが初めて奪還したこの街ではジャンヌは英雄として拝められている。
 

 
今では美しい路面電車が走る。
 

 
そして広場の中心にはその英雄ジャンヌ・ダルク銅像が。
 

 
街を見下ろすかのように堂々と立っている。
行動を起こした時若干17際だったのには驚きだ。
 

 
出発しようとすると、奇跡が起きた。
 
“この街にいると思ったよ〜”
 
と、日本語が聞こえる。
そう。昨日車から応援してくださったあの家族と再会出来たのだ!
 

 
神野さん一家はスウェーデン在住。もうかれこれ5年も住んでいるんだとか。いとこの家に旅行中でフランスに来ていた。
なんとかしてお礼を言いたいと思っていたが、これには僕も感動を隠せない。
 
昨日のお礼を直接言うことが出来た。
 
偶然かな?いや、運命だよw
と、神野さんは笑って言っていたが、この運命には僕も感謝しかない。
 
ぜひ北欧も旅をしてみたい。
いつかおあいしましょう!
 
 
 
久しぶりのスーパーLIDLで買い出しを済ませたあと、間違えて非常口から出てしまい、店内に警報音が鳴り響いた。
 
ムッシュー!!出口あっちよーー!!”
 
良く見ると防火扉にはなにか書いてあった。
フランス語読めないムッシュとは僕のことです笑
 
 
Twitterを見ていたらツボった人がいてそのツイートを見ていたら出発が遅れたっていう現代っ子も僕のことです。
 
 
この日の道はずっと大通り。
路肩がないのに車がビュンビュン飛ばしてくる道を怯えながら走ってたので写真がないです^^;
 
大通りをはずれ、並木道を走り、いい感じのベンチを見つけたので調子に乗って休みすぎたら時間が無くなりました。
 
8時半ころ、街のハズれのだだっ広い敷地にテントを張って寝ました。

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