夢ランのその後の話

みなさんにきちんとお話しておきたいことがあります。

ずっと話さなければならないと思いながらも自分の最大の挑戦かつ最大の夢をすべて否定する”旅の答え”をさらけ出す勇気はなく、胸の中にしまい込んでいました。

しかし、先月ネパールで自分の芯に気づいたことで吹っ切れ、話す覚悟が出来たので話させてもらいます。

ネパールで自分の弱さを認めることができました。自分が弱いことはじっと前から知り、誰よりも分かっていたつもりでしたが、それをさらけ出す勇気がありませんでした。  

でも、弱いと認めることが成長への第一歩だと思えました。

なので今回は夢ランの裏側と考えを語ります

もし興味があったら温かい気持ちで読んでいただけると光栄です

夢ラン世界一周帰国後の話

まずは旅の思い出話から聞いてください。

  一年という限られた時間のなかでかなりの場所に行く計画を立てた時点で常に急いだ旅をしていましたが、ヨーロッパ後半からは特に急いでいた。

大事な人に会いたかった。

本気で一時帰国しようか悩んだ時もあった。  

それでも、スポンサーがいて、応援してくれる人がいる旅を中断するなんて選択肢は絶対にとれなかった。僕の人生をかけた挑戦でもあった。

  毎日早起きして日が暮れるまで休みも惜しみ全力で走って、寝床を探して飯を作ってから夜中まで投稿のためブログをかく。

自分が生きるだけで精一杯の旅の中で、応援してくれる人達のために時間を割くのがもう限界だった。

僕が守れる笑顔は限りあるほんのわずかの人だけだと知った

  その限界生活を、お世話になった人のために、自分の夢のためにギリギリで続けていたが、限界が来た。

ボリビアで貴重品全てを失ったときだ  

金もクレカもカメラもスマホもない。

全財産50円で泣きながら非常用パスタを食べた夜は一生忘れない。 そんな中で応援してくれる人達は頑張れと言った。

みんな、頑張れと言った。

もちろん僕だって頑張りたかった。

自分の夢だから。

でも考えればわかるじゃないか。 本当に何も無い状況で頑張る方法なんてないじゃないか。

頑張りたくても頑張る方法のないことがどれだけ苦しいことか分かって欲しかった。そう思ってしまうほどには当時の僕は精神的に限界だった。

  結果的に奇跡的にお金を入手出来て旅を続行出来たものの、応援してくれる人たちへ限界生活の中から時間をひねりだして恩返しするだけの感情を失ってしまった。

つまり、 

大事な人達を自らの意思で捨てた。捨ててしまった  

それからも大事な人に会いたくて、南米大陸を怒涛の速さで縦断した。

人との出会いも極力避け、ただ進む事だけに注力した。僕がなんのために旅を決意したのかも考えるだけの余裕がなかった。 南米で五か月予定していた所を予定通りのルートで2ヶ月短く終えた。      

そして、帰国して

なに一つ守れなかった

お世話になった企業の人には旅で何を伝えたかったのか分からないと言われた。

久々に再開した友人には、盗まれた時の精神の荒れ具合やばかったなww、しか言われなかった。

僕が旅で伝えたかったことはだれにも、何一つ伝わらなかった。  

自分の人生をかけた夢も、世話になった人も、大切な人も、僕自身の意志と、僕自身の選択ですべて失ってしまった。

夢も人も全てを失った僕にはもう前を向く気力なんてなかった。

帰国してから二ヶ月一切の投稿がなかったのは、自分のすべてをかけた最大の夢と挑戦で全てを失い、未来を見すえる気力も失い、現実から逃げるために寝ることしか出来なかったからです。

いつまで経っても未来の見えないあの地獄の時間はとてつもなく長く、永遠に続くかのように思えた

あの時から、寝ることさえ嫌いになった  

 

知って欲しい

大きな目標を立て、偉業を成し遂げようとした人間が必ずしも成功し、ヒーローになれる訳では無い。

人は何度も折れて、後悔して、立ち上がって成長することを繰り返すしかないんだと思う。

  東京喰種という作品をご存じだろうか

主人公金木研の悲劇と葛藤の物語である。

悲劇に葛藤し、大事な人達を守りたくて決意し、自分を変え、行動し、それでも叶わなくてまた葛藤することを繰り返す物語だ。

あれは僕であり、人生とはそういうものだと思っている

僕は世界一周で金輪際後悔しないヒーローになれると思っていた。

…そんなものは夢物語の絵空事だった。      

少し話を変えよう

旅×クラウドファンディング

”旅”で”クラウドファンディング”をするのは如何なものかという話だ

この一年間旅に行く意思のある人や、クラウドファンディングに挑戦する意思のある人に度々メールしたり直接お話した。

その僕の考え方をここに描き記そうと思う。  

旅のあるべき形

僕は旅とは”自由”であるべきものだと思っている。

急に行きたい場所ができればルートを変更する。気に入った場所が出来たらそこに滞在する、などだ。

自転車旅に関していえば、”体力ないから自転車旅はムリ…”というのは僕の”旅は自由であるべき”という価値観からすれば間違えている。

体力に自信が無いのなら自分に合った距離を自由に計画すればいいだけだ。

グループで走りたいけどその中で僕だけ体力がない…というのなら合わせてもらえばいい。体力があるやつに引かせればいい。頑張る必要がある時もあるかもしれないが、それは天候や日程の問題でどうしても頑張った方が都合がいい時だけでいい。

そのあとに食べるご当地料理と温泉の格別さはきっと万人共通だと思う。  

 

クラウドファンディングとは

”クラウドファンディングとは信頼を金に変える換金装置である”

キングコング西野亮廣の言葉だ。

これを詐欺師だと表現する人もしばしば聞くが、それはそもそもこの言葉に納得していない人だと思う。しかし僕はこの言葉が最適解であると思うのでこのまま話を進める。

つまりはクラウドファンディングは

この企画は同意するに値する”

”この商品は利便性が高そうだから使ってみたい”

と信頼を勝ち取ったとき金を得ることができるのだ。  

では、僕の思う”旅”と”クラウドファンディング”のあるべき姿をかけあわせてみよう。

自由×信頼となる。

これは両立しえないと僕は思う。

  例えば、自由を優先すると ”僕は自転車で世界一周します。でも会いたい人が出来たら帰るし、行きたい場所が出来たら計画を変えます”となる。

こんなふざけた目的で信頼を勝ち取れるはずがない

次に、信頼を優先すると ”僕は自転車で世界一周します。ルートは〇〇で〇ヶ月で〇ヶ国回ります。〇〇の写真〇枚撮って帰ります。毎日投稿します。頑張るので応援お願いします” となる

これならば信頼は勝ち取れるかもしれない。けれどもこんなに信頼を勝ち取るための義務に縛られたら、自由はどこにもない。毎日信頼のため時間を拘束されなければならない  

再び言うと自由と信頼は両立しえないのだ。

だから僕は旅でクラウドファンディングをするのは反対という意見を僕の経験を踏まえて伝えている。

もし自由と信頼が両立しうる方法があるのならばぜひ教えてもらいたい。  

実際僕は3ヶ月の広報活動で夢ランの企画の知名度を上げ、想いを伝えて信頼を得た状態でクラウドファンディングを行うことで34万という資金をご支援いただいた。 しかしこの資金である信頼を返すため、全ての自由な選択を捨てざる得なかった。

会いたい人がいても帰れないし、休みたくても目的のルートを達成するため休むことも出来なかった。

自分に余裕なんて雀の涙程もなかった。

僕が旅で全てを失った一因であるとも言える  

あの旅に満足したことは一度もない

  あの世界一周に満足したことなんて今日この瞬間まで一度たりともない

僕をただ明るい元気な人間だと思っている人がほとんどだと思うがそうでは無い。

逆だ。  

みんなが笑っていて欲しいから僕も笑うし、だから自分の辛いも苦しいも極力出したくない。

けど内心辛い時なんて腐るほどある。

僕は生きるのはめんどくさいことだと思っている。

葛藤し、努力することを繰り返すのなんて、辛いしめんどくさいだけだ。 しかしその面倒臭いことを繰り返さないと生きていけない。

だから死にたいなんて昔は何度も思った。

人生は面倒くさいから。

けど、この世の中で死ねば、ありもしない理由を探し、原因は誰々にあったのだと追求し、追い詰めるのであろう。 僕は大事な人達を苦しめるのだけは絶対に嫌だ。

 

僕は弱い

何度でもいうが、僕は子供だ

その上、僕は弱い自分は弱いと、とうの昔から知っている。

人より足りないものが山ほどあると知っている。

そんな人間にとって、努力だけが自分が夢をかなえられる唯一の手段だと知っている。

さらに僕は小さい。人一倍小さい。どれだけ大きくなりたいと願い、努力してもなれなかった。

叶わない努力があると誰よりも知っている。

だから、叶う努力を諦めるなんて選択肢はとらない。とれるわけがない。

人よりも少ないチャンスを諦めるなんて選択肢を僕は知らない。

たった23年しか生きていない人間が人生について語るなんて失笑するだろうが、人は皆なにかを失って生きているんだと思う。

自分のわがままだけを他人に押し付けるのも実に子供じみている。

その上誰一人も失わず、みんな笑っていて欲しいなんてなんて子供時見た夢だろう。と僕自身すら思う

出発前、夢ランで、自分の力で誰かを変えられると思っていた。

でもそんなの妄想だった。

僕ごときでは誰一人変えることは出来ない。

そもそも、自分の価値観を他人に押し付けようなんて傲慢だと今の僕は思う

自分の価値観は自分自身で経験し、その経験の積み重ねと照らし合わせて納得しないと変えることはできないと思う。

積み重ねた経験は、一人ひとりすべて違うのだから

帰国し、なにも伝わらなかったと気づいた時、そう思った。

僕と、僕の旅には人の意志を変えられるだけのものはなかった。

だからもしまだ期待してくれている人がいたらほんとうに申し訳ないが、僕はもう笑顔の力を誰かに伝えようとは思っていないし、する気もない。

僕が夢ランの講演会をしていない理由はこれにつきます。

前回のブログに書いたように、今の僕は今まで出会ったほんの少しの限りある笑顔を人生かけて守りたいと思っている。  

今までの行動も全て人が関係していた

思い返すと今までの行動も全て人が関係していた

ネパールで死にかけ、人の温かさに触れ、人が好きだと気付いてから思い出した。

人の笑顔に救われたから世界一周を決意して、

人の笑顔を失って世界一周を後悔した。

人間関係をもっと良くしたくて世界一周を決意して

人間関係を捨ててしまって世界一周を後悔した。

15のとき、初めて誰かを失うということを知り、苦しさを紛らわすため星を眺めていたら屋根から落ちたあの日から8年間、僕の芯はこれっぽちも変わってないんだ

結局僕が1番大切だったのは今まで出会ってきた限りある人達だった  

  今回の旅で気づいた。

僕は人が好きだ。

一人残らず、みんな隣で笑っていて欲しい。

いくつもある感情の芯となる、自分の原点を見つけるのって本当に難しい。  

けど、やっと見つけられた気がする。

でもきっといずれ、この答えは違う、とまた自分を否定して新しい答えを探しもがくのかもしれない。

でも、それでいい。 それでいいんだ。

とりあえず今は人を大切にするため全力で生きたいと思う

   

最後に

小学生のころ焚火をしながら父親に夢はあるのか聞いたことがあった。

僕よりはるかに長い人生を生きてきて、人に評価される功績を残している人に夢なんてあるのか、当時の僕は純粋に疑問だった。

  すると父は  

夢がないのに生きる意味があるのか?  

と答えた。  

あの日から、夢を追うことが僕の生きる理由になった。

今、僕に夢はある。

 

そして、ネパールで自分の芯に気づけてから、どんなに辛くても現実から逃げない覚悟ができた。どんなに理想からかけ離れていても、現実をみて、改善策を模索し乗り越えようとする意識が持てた。

夢をかなえるのに近道なんてないと思い知ったから。

でも、現実を見れば見るほど今の自分は叶えられるだけの人間じゃない  

僕は、まだまだだ。

こんな自分じゃだめだ。  

僕の夢ランはまだ終わってなんかいない。    

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2件のコメント

いろいろ考えるいい体験をしましたね。いろいろあるからいいんです。弱い自分を出せる所もいいです。チャリ部の先輩として、一つアドバイスするとしたら、「楽に生きる」です。肩肘はらず、ゆっくりいきましょ!
自分の人生は一度きり。

ありがとうございます。確かに肩の力入れすぎてる気もします。一度きりで限りあるとわかってるからこそ、生き急いでるところあると思います。
余裕をもって夢を追える人間になります

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